狂愛の果て

行き場を失った感情の掃き溜め

虚無

 彼らのことを知ったのは中学二年生の春だった。オタク街道を突っ走っていた私の日課はニコニコ動画のランキングを見ることだった。学校から帰ってきて真っ先に開くのは3DS。ニコニコ動画を立ち上げてまず最初に確認するのは、ボカロランキング。好きなボカロPが新作を上げていないかと、ワクワクしながらランキングを眺める。その後は歌ってみたランキングやゲームランキングを見て、気になったものを再生する。この繰り返し。青春とは遠くかけ離れた日常だったが楽しく過ごしていた。

 ある日、いつものようにボカロランキング、歌ってみたランキングを眺めていると、ある曲が目に留まった。『シュガーソングとビターステップ』。歌ってみたランキングの上位をこの曲が占めていた。ボカロランキングにもちらほら上がっていた。どんな曲なんだろう?気になって、再生ボタンを押した。良い曲だなと思った。誰が作った曲か気になった。概要欄を見ると、UNISON SQUARE GARDENと書いてある。初めて見る名前だった。他にはどんな曲を作っているんだろう。すぐに調べた。「UNISON SQUARE GARDENは、日本のスリーピースロックバンドである」。ボカロPではないらしい。ロックバンドという存在は知識として知っていたが、興味を抱いたことはなかった。当時の私はこれ以上深く調べることはしなかった。

 『シュガーソングとビターステップ』を知ってから数カ月後、友人からあるアニメを勧められた。例に漏れずアニメも大好きだった私は、すぐに見た。物語が始まって少し。オープニングテーマが流れる。流星のなピアノの音。駆け上がっていくようなドラムの音。軽快なギターの音。この曲好きだ。一瞬で心を掴まれた。何という曲なんだろう?映像が進みクレジットが表示される。「オリオンをなぞる/UNISON SQUARE GARDEN」。見覚えのある名前があった。これが人生の転機となった。

 そこからは早かった。ニコニコ動画とYouTubeでとにかくUNISON SQUARE GARDENのことを調べた。当時のYouTubeにはシングル曲のMVはshort verが多かったが、彼らの曲を一つでも多く知りたい一心で再生しまくった。『マスターボリューム』、『桜のあと』、『徹頭徹尾夜な夜なドライブ』。YouTubeに上げられているMVは全て見た。全てかっこよかった。合成音声ばかり聞いていた私にとって生身の人間の歌声は新鮮だった。彼らの曲をもっと知りたい。調べるとベストアルバムが発売されたようだった。ベストアルバムなのにシングル曲は未収録らしい。聴いたことがない曲ばかり収録されている。初回盤にはDVDが2枚とブックレット付だ。欲しい。貯めたお小遣いを崩して買った。大当たりだった。収録されている曲全てがかっこよかった。信じられなかった。アルバムも良かったが何より良かったのは特典のDVDだった。DVDには知らない曲が沢山あった。彼らの音楽をまだまだ楽しめると知って、とても嬉しかった。この頃はライブを見るよりも彼らの曲をもっと知りたいという思いが強かったから、映像は見ずに音だけ聴いていた。今思えば贅沢な使い方である。

 ベストアルバムだけでは満足できなくなった私はTSUTAYAへ走った。当時は10枚借りて1000円という破格の値段だったため片っ端から借りては自宅のPCに取り込み、聴きまくった。2カ月もしないうちに、全ての曲を歌えるようになった。勢いは止まらず、ファンクラブにも入った。誰かのファンクラブに入るのは初めてだった。

 UNISON SQUARE GARDENを好きになって初めての夏。彼らの新しいアルバムが発売された。アルバム発売に伴って、ツアー開催も決定した。UNISON SQUARE GARDENが大阪に来る。彼らに会える。彼らの音を聴ける。ロックバンドのライブは怖い場所という先入観があったが、好奇心が恐れを上回った。今まで映像でしか見たことのないライブを味わってみたかった。UNISON SQUARE GARDENに会いたいという気持ちが私を動かした。

 当落発表の日。チケットぴあのサイトを開くのが怖くて、箱庭ロック・ショーを聴いて勇気を出した。ファンクラブ先行受付開始日に申し込んだチケットは無事に当選した。飛び上がって喜んだ。

 ライブ当日を一日千秋の思いで待った。UNISON SQUARE GARDENに会えると思うだけで、期末テストも体育の授業も乗り越えられた。そして迎えたライブ当日。あと数時間で彼らに会えると思うと、演奏する側でもないのに異常に緊張した。コンビニで発券したチケットを頼りに座席へ向かう。前から5列目の上手側(要確認)。ステージの近さに胸が高鳴った。祈るような気持ちで開演を待っていると、照明がスーッと暗くなった。ステージ上を青い光が照らし、ピアノの音が響く。メンバー3人がそれぞれのペースでステージに入ってきて、楽器を構える。SEが徐々に小さくなって、代わりに彼らの音が響いた。パソコンの前でテレビの前で何度も見た景色が目の前に広がった。涙がこぼれた。目の前にUNISON SQUARE GARDENが生きていることが信じられなかった。3人が奏でる音が体を打った。腹の底から震えるような感覚。初めてだった。何より、生で聴く彼らの曲は最高にかっこよかった。何度も聴いた曲たちが目の前で演奏される。CDとは迫力が段違いだった。衝撃だった。何よりステージ上の3人がすごく楽しそうで、見ているだけでこちらも楽しくなった。この世にこれだけ楽しいことがあるのかと信じられなかった。あの日から私はライブの虜になった。

 そこから私は更にUNISON SQUARE GARDENへのめり込んだ。発売されるシングル、アルバムは全て買った。リリースされる曲全てが大好きだった。入荷日に絶対手に入れたかったから、休み時間にわざわざタワーレコードに電話をかけて、CDが入荷されているか聴いてから買いに行っていたのを覚えている。ライブにもたくさん行った。シングルツアー、アルバムツアー、リリースイベント、対バンイベント、周年ライブ。行けるライブは全て行った。2日公演があれば当たり前のように2日間とも行った。よく親や友人に曲が一緒なら一日でいいんじゃないのと言われたが、同じセットリストでも日が違えば全く違うライブになる。大阪だけでなく、奈良、神戸、東京、果ては北海道までライブを見に行った。全てのUNISON SQUARE GARDENを目に焼き付けたかった。全てのライブが最高だった。

 

 活動休止が発表された直後は、彼らのブログやインターネット記事を読んでも言葉が心の表面を滑っていくような感じがして、実感が沸かなかった。みんなして何言ってるの?みたいな。ぼんやりと日々を過ごすこと3週間。何となくUNISON SQUARE GARDENの曲を聴くことは避けていた。退勤後、いつも通りイヤホンを耳にはめ、プレイリストをランダムで再生した。サイダーが湧き上がってくるような高揚を音で感じた。to the CIDER ROADだった。その時、なぜかああ終わるんだと思った。もうこの曲を生で聴けることはないんだと。私の大好きなUNISON SQUARE GARDENは終わるんだと強く思ってしまって、涙が溢れた。好きな曲いっぱいあるよなとかあのライブの演出良かったよなとか心の底に沈めていた気持ちが一気に上がってきた。思っている以上にUNISON SQUARE GARDENのことが好きだったんだなと、その時初めて気づいた。道端で声を出して泣いた。

 THE PINBALLSが活動休止すると知った時は、もっと取り乱した。やるせなさや怒りが湧いてきて、だけどどうしようもなくて、泣いてばかりだった。

 THE PINBALLSのライブには2回しか行けなかった。うち1回は活動休止前のラストライブなので、実質1回しか行けてない。好きになってから発売された作品も3枚しかなかった。好きになってから過ごせた時間が短かった。何より、THE PINBALLSはもっともっとかっこよくなって知名度も上がると本気で信じていたから、悲しさと怒りが湧いたのだと思う。だが、UNISON SQUARE GARDENのライブには数え切れないほど行った。新曲が発表される嬉しさを何度も味わった。ツアーに行くたびに新しいファン層が増えていることを実感できた。新曲を聴きたい、ライブに行きたい。UNISON SQUARE GARDENに対してやりたいと思ったこと全てをできた。だから、後悔がない。むしろ、感謝している。

 UNISON SQUARE GARDENに出会えたから、色々な場所に行けるようになった。UNISON SQUARE GARDENに出会えたから、9mm Parabellum Bulletに出会えた。フジファブリックに出会えた。THE PINBALLSに出会えた。ロックバンドを好きになれた。生きがいを見つけられた。あの日、シュガーソングとビターステップを再生していなかったら、TIGER & BUNNYを見ていなかったら、私は今生きてなかったかもしれない。どんな時もUNISON SQUARE GARDENが傍にあった。彼らのおかげで、楽しい時はさらに楽しくなった。辛い時は少しだけ前を向けた。突き放すようでいてずっと横にいるような温度感に救われた。UNISON SQUARE GARDENのおかげで、今の私がある。

 

 情緒不安定である。UNISON SQUARE GARDENへの感謝はある。その気持ちに嘘はない。だが、同じくらい悲しいし受け入れられない。気持ちを文章にすれば少しは受け入れられるかと思って書いたのだが、全く受け入れられない。むしろ、涙が止まらなくなった。ロックバンドは永遠ではない。残念ながら、いつかは必ず終わる。だけど、この終わり方じゃなかったんじゃないかと思ってしまう。20周年ライブの田淵のMCを聴いた時、このままUNISON SQUARE GARDENは終わるのかなと正直思った。だが、新曲リリースのチラシも配られ、ライブも発表された。まだ続けてくれるんだと安心した。だが、活動休止は発表された。UNISON SQUARE GARDENは3人でやりたいことを全部やり尽くしたから終わりますと言って終わると思っていた。こんな仲違いみたいな終わり方になるなんて思ってなかった。もちろん、ファンに見えないところで話し合いを重ねて、3人とも悩み抜いて選んだ結論だとは理解している。だが、わがままだけど、こんな終わり方は嫌だった。まだ彼らの曲を聴けると思っていた。10枚目のアルバムがリリースされることを心待ちにしていた。ライブにも行けると思っていた。あの3人のUNISON SQUARE GARDENが好きだった。

 UNISON SQUARE GARDENの新曲が聴けないこと、ライブに行けないこと、楽しそうに演奏する3人が見られないこと。全てが悲しい。これから何を楽しみに生きていけばいいか分からない。私が好きだったものは全て終わってしまった。THE PINBALLSが活動休止する時もこの世の終わりくらい悲しかったけど、あのときはUNISON SQUARE GARDENがいたから耐えられた。だが今は何もない。UNISON SQUARE GARDENの活動休止が発表された時から、7/16以降どうやって生きていこうとずっと考えてはいるが、何も思いつかない。じゃあ、人生を終わらせられるほどの勇気があるのかと言われれば、無い。きっとぼんやり生きてしまうのだろう。今後の人生でUNISON SQUARE GARDENより好きになれるものに出会えると思えない。いつか失われるくらいなら、最初から無いほうがいい。

 

 まとまりのない文章だと自分でも思う。今の心情をそのまま書くとこうなってしまった。もうめちゃくちゃだ。ぼんやりと日々を過ごしていると、あっという間にライブ当日になってしまった。とんでもない人数の観客たちとぶら下げられている液晶を見ても最後のライブだという実感はわかない。あと数時間後にはすべて終わると分かっていても、まだ受け入れられないのであった。しばらくはUNISON SQUARE GARDENとの思い出に浸りながら、生きることにする。その後どうするかは、その時考える。

 

【DUGOUT ARCHIVIST】ロックバンドに、感謝を。

summerday.hatenablog.com

 本記事はナツ様主催の「DUGOUT ARCHIVES」参加記事です。初心に返って書きました。何書いてるか分からなくなりました。ほとんど自分語りになってしまいました。他の参加者の方の記事は素晴らしいのでぜひお読みください。以下、本編。

 

 

 『DUGOUT ACCIDENT』はロックバンドUNISON SQUARE GARDENの10周年記念ベストアルバム。ベストアルバムと銘打っているのに、シングル表題曲は一切収録されておらず、ライブを第一に活動してきた彼らが選んだ曲が16曲収められている。「場違いハミングバード」などのライブ定番の盛り上がる一曲もあれば「未完成デイジー」のようなしっとりとしたミディアムナンバー、シングルのカップリング曲、果ては新曲まで多種多様な曲が一枚になっている。私が初めて買ったユニゾンのアルバムなので、思い入れは一際強い。当時はロックバンドそのものに惹かれ出した頃で、PCから流れる音全てがかっこよくて震えた。この世界にこんなかっこいいものがあるのかと、信じられなかった。冗談抜きで100回は聴いたと思う。ブックレットは端がよれるほど読み返したし、DVDはセットリストを覚えるくらい見た。ブックレットを読んでCDを聴いてDVDを見てを何度も繰り返した。私のUNISON SQUARE GARDENはこの一枚から始まった。

 

 思い出がたくさん詰まった大好きな一枚から今回取り上げるのは、「ガリレオのショーケース」。ライブで披露されたら否が応でも盛り上がってしまう最強の一曲。セットリストの重要なポジションを任されがちな曲。大好き。元々は1stシングル『センチメンタルピリオド』のカップリング曲で、インディーズ時代から演奏されてきた曲。ユニゾンのカップリング曲は軒並み完成度が高いが、この曲は頭一つ抜けていると感じる。流石ライブ用に作られた曲。ライブではイントロのベースが無い部分で田淵が暴れまわりがちなのだが本当に好き。私がユニゾンのライブに行きだした頃はしょっちゅう演奏されていた気がするが、最近はあまり披露されていない。「カップリングなのにライブ定番曲」の座は「放課後マリアージュ」に奪われたと勝手に思っていたのだが、フェスでは割と演奏されていた。私が行ったライブで演奏されていないだけでした。悲しいね。

 

 「ガリレオのショーケース」は『DUGOUT ACCIDENT』に収録されている曲の中で最も意味が分からない一曲だと思っている。歌い出しからさっぱりだもんな。スタイルは上機嫌ってなに?一行ずつ歌詞を読んだけど、どこも理解できない。メロディのかっこよさだけでライブ定番曲にのし上がってる。間奏部分はどうやって演奏しているんですか?

 

 歌詞の意味がさっぱり分からない。UNISON SQUARE GARDENの楽曲はそう言われがちだ。「シュガーソングとビターステップ」がリリースされた時も、歌詞がよく分からないと話題になったことを覚えている。この分かりづらさがUNISON SQUARE GARDENがUNISON SQUARE GARDENたる所以であり、大好きな部分。なかでも、「ガリレオのショーケース」は特に意味が分からない一曲。なぜ難解であるのか。この記事を書くにあたってブックレットを引っ張り出して歌詞を見つめて考えたところ、理由が見えてきた。

 理由は二つあって、一つ目は難解な単語が多いことだ。アナトミア、ノスタルジアチック、反転性、活性、禅問答…。ロックバンドの曲で使われるとは思えないものが並んでいる。単に私の学が無いだけの可能性もあるが、聞き覚えのない単語ばかり。意味もすぐには分からないものばかりだ。使われている単語そのものが難しいのだから、歌詞の意味が理解しづらくなるのも当然である。ちなみに、UNISON SQUARE GARDENの歌詞の中で一番意味がわからなかった単語は、蓋然性合理主義です。何?

 二つ目は前後の歌詞の繋がりが薄いことだ。

アクセルをふかしてるんだってさ

カタログに載ってないもんなぁ

意味が分かるかどうかは置いておくとして、ブロック内での歌詞の繋がりはあるように見える。カタログに載ってないからアクセルをふかしてるんだろう。なんで?

この次のブロックの歌詞はこれ。

毎日は、そう、言い訳になって

最低限のアナトミア

どういうこと?アクセルをふかしていることと毎日は言い訳になることの繋がりが見えない。その他の歌詞もこのような調子で、前後の繋がりが無いように見える。曲全体を通してブロックごとの歌詞の繋がりが見えづらいから、意味をなしてないように聴こえるのだと考える。

 

 「ガリレオのショーケース」はUNISON SQUARE GARDENの曲の中でもトップクラスに意味が分からない。そもそもUNISON SQUARE GARDENの楽曲は大体意味が分からない。少なくとも万人に通じる言葉で紡がれてはいないし、繋がりも希薄だから構造を捉えづらい。

 今回の記事も今まで書いた文章も全て歌詞の考察を中心に書いてきたけれど、正直歌詞に正しい意味なんてないと思う。聴いた人がどう感じたかが全てだ。もちろん、曲というものは人が作り上げた作品だから、作り手の想いは多少なりとも込められるだろう。だが、作り手の想いを正しく受け取れたからといって褒められる訳ではないし、受け取れなかったからといって責められる訳でもない。音楽は自由だ。結局歌詞の分かりやすさというのは、作り手の想いが表層に分かりやすく現れるか、深層に丁寧に仕舞われるかの違いでしかない。分かりやすさから善、分かりづらいから悪だなんて白黒はっきりつけられない。

 私は彼らの分かりづらさが好きだし、聴く人によっていくようにも形を変える彼らの自由さが好きだ。一聴では理解できない難しさとポップなメロディラインが好きだ。日常ではおよそ使うことがない単語を並べたかと思えば、純粋でまっすぐな言葉をぶつけてきたりもするバランス感覚も好きだ。

 

 どんな言葉を使っていても、曲を通して表される想いは一貫していて。ライブに対するスタンスだったり、ラブソングだったり、人生賛歌だったり。ジャンルは違えど、いつだって綺麗事抜きで真っ直ぐな想いを伝えてくれた。その姿勢がたまらなく好きだった。ロックバンドというものは、一人じゃできない。田淵が作り上げた曲たちを最もかっこよく表現できるのは、この世に斎藤さんと貴雄しかいないと思っている。あの三人じゃないと意味が無い。UNISON SQUARE GARDENのかっこよさはあの三人じゃないと表現しきれない。だから、活動休止の発表を見た時、すごく悲しかった。彼らの新曲がもう聴けないこと。グッズや映像作品が出ないこと。そして何より、彼らがこの上なく楽しそうにライブをするところを見れないことが悲しかった。もう10年近く彼らのことを追いかけているから、大体の曲はライブで聴けた。でも、一度生で聴いてしまったら、何度でも聴きたくなってしまうのがファン心理。「ガリレオのショーケース」も、一度聴いたら何度でも聴きたくなってしまう魅力的な曲だった。音源の時点でかっこよかったけれど、ライブで聴くと段違いにかっこいい。この曲が始まるとどれだけ終盤でも踊り狂っていた。斎藤さんが歌い出すたびに跳びはねて喜んだ。アンコールで演奏されるガリレオのショーケースが世界で一番かっこいいんだ。ここ三年くらい私が行くライブでは演奏されなかったから、次のライブでは聴ききたいなと毎回祈っていた。うるわしの前の晩でも思った。まさか次が最後の機会になるなんて、その時は思いもしなかった。

 曲調のポップさや歌詞の難解さも好きだけど、何よりUNISON SQUARE GARDENの優しさが好きで。落ち込んでいる人に無言で手を差し伸べるような、そっと近くで見守ってくれているような優しさが、彼らの曲からは伝わってくる。ファンと馴れ合うわけではないけれど、無視する訳でもない。ちょうどいい温度感で音を近くまで届けてくれるこの距離感が大好きだった。

 

 もちろん、ハマったばかりの頃の熱量のまま今日まで歩んでこれた訳じゃない。グッズやDVDを買わない時もあったし、会報誌を読まない時もあった。年数が経つにつれ燃え上がるような気持ちは落ち着いていったが、UNISON SQUARE GARDENが好きだという気持ちは変わらなかった。他のバンドやアイドルにハマっても、心の大事なスペースにUNISON SQUARE GARDENはずっといた。何があってもかっこいい音楽を鳴らし続けてくれる人たちだと安心できた。いつでも帰ってこられる場所だと思っていた。何か傷つくことがあっても、彼らの音楽を聴けば、ライブに行けば、何とかなるかと思えた。ずっと救われてきた。

 

 歌詞に正しい意味はないけど、各々が意味を見出して文章だったり絵だったり形に表す作業は好きだし、価値のあるものだと思っている。実際、曲に対して思っていることを書くと、愛着が湧く。他の人が書いた文章や絵を見ると、自分に無い視点を得ることができて、さらに愛着が湧く。実際、私は文章を書いて色んな人の文章を読むようになってUNISON SQUARE GARDENへの愛は増した。好きを言語化する努力ができて良かった。

 

 ロックバンドは永遠ではない。それは分かっている。何度も繰り返し己に言い聞かせてきた。それでも、いざ終わるとなると悲しい。もう新曲が聴けないこともライブに行けないことも悲しい。嫌である。受け入れられない。だが、同じくらいUNISON SQUARE GARDENに感謝している。UNISON SQUARE GARDENに出会わなければ、ここまで生きてこれなかった。三人のやりたい音楽を鳴らし続けてくれてありがとう。あなたたちのおかげで、生きることが少し楽しくなった。思うところはたくさんあるが、ロックバンドに感謝を。

『DUGOU ACCIDENT』発売10周年おめでとうございます。

それでも、それでも未来を探す【JET CO. PARADE】

summerday.hatenablog.com

 

 本記事はナツ様主催の「JET CO. PARADE」参加記事です。合作記事は初めてだったため緊張しましたが、上手い具合に描けていれば幸いです。主催の執筆量が計り知れませんが、何とか生き延びてほしいです。他の参加者の方の記事もぜひお読みください。以下、本編。

 

 

はじめに

 『JET CO.』はロックバンドUNISON SQUARE GARDENのメジャー2ndアルバム。タイトル通り、ジェットコースターのように勢いのある一枚。アルバムアートワークもミニチュアの遊園地になっていて、かわいい。収録されている楽曲も直接的に遊園地を表す単語が入っていたり、ワクワク、ドキドキ、キラキラとした遊園地で心ゆくまで遊んだ時のような気持ちになれるものが多い。一瞬で辺りをダンスフロアに変えてしまう「ライドオンタイム」もあれば、小さな大冒険を描いたかわいい一曲、「チャイルドフッド・スーパーノヴァ」もある。かと思えば、「キライ=キライ」のように感情剥き出しで殴りかかってくる曲もあって、聴いていて飽きない一枚。通しで聴いても一時間もかからず、まとまりがよい部分も好きなところ。何より、斎藤さんの棘をはらんだ歌声が今のUNISON SQUARE GARDENにはない良さを生み出していて好き。

 

 個人的には『JET CO.』には熱狂的なファンがついているイメージが強い。私は『JET CO.』に狂わされた人間をインターネット上で沢山見ました。怖いです。無数の狂信者がいるにもかかわらず、『JET CO.』の楽曲はあまりライブで披露されない。披露されないからファンが狂うのか?

 事実、『JET CO.』の楽曲はあまりライブで演奏されないが、それには理由がある。本人たち、特に田淵が『JET CO.』を黒歴史と思っている節があるからだ。『JET CO.』制作当時の2009〜2010年、田淵は所謂スランプ状態にあった。自分の良いと思った曲が否定され、周囲の大人たちからは数字の取れる曲、売れる曲を作らないとと言われた。作詞家を付けようかとまで言われるほどのスランプだったらしい。バンド仲も良くなく、ギスギスしていた。実際、『JET CO.』の次にリリースされたシングルは斎藤さん作の「スカースデイル」で、ユニゾンに新しい風をもたらすことを期待されて作ったという経緯がある。この「スカースデイル」のリリースを期に、UNISON SQUARE GARDENは暗黒期を抜け出していくのだが、それはまた別の話。

 そんな田淵暗黒期に作られたアルバムなので、ライブでの披露は控えめなのかもしれない。黒歴史とは思えないほど、明るく楽しくなれる良い曲揃いのアルバムなので、ライブでもっと演奏してほしい。一ファンとしては。初期のユニゾン特有の鋭さが音の面でも歌詞の面でも感じられてとても好き。言葉の端々に田淵の考えが滲んでいて、この頃から一貫した考えを持っていたんだなと思わされる。尖りきった鉛筆で言葉を書きなぐっているかのような危うさが感じられて大好き。

 

 暗黒期に繰り出された不朽の名作、『JET CO.』から、今回取り上げるのはこの一曲。


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唯一のシングル、「cody beats」。3人の音だけで作られたサウンドに初期特有のエッジの効いた歌声が合わさって、疾走感が溢れている。ロックとしての完成度が高くて大好き。めちゃくちゃかっこよくないですか!?!?定期的に愛が限界に到達して、この曲しか聴かない期間がある。

 

 個人的に「cody beats」は不遇なシングルだと思っている。『JET CO.』唯一のシングル曲なのに、あまりにもライブで披露されていない。理由は前述の通りなのだが、それにしても少なすぎない?シングルなんですよ?もうちょっと手心を加えていただけないですか?「流星のスコール」とか他にもあんまり披露されていないシングルはあるけれども、それにしてもじゃない?「流星のスコール」のライブ披露が気になったので調べたのですが、直近だと「20th BEST MACHINE」(2024)、「Normal」(2021)で演奏してました。まあまあやってました。一方で、「codybeats」は「fiesta in chaos」(2023)、「Revival Tour CIDERROAD」(2021)でした。正直、リバイバルツアーはノーカンだと思います。てか、「20th BEST MACHINE」でセトリ落ちしてるの何事??ますます「codybeats」不遇やんけ。

 

 そんな正統派ロックな不遇の名曲だが、歌詞をよく見ると爽やかさに混ざった歪さが表れてくる。

 一見するとボーイミーツガール、ラブソングに聴こえるが、所々とただのラブソングには聴こえない歌詞が出てくる。この一聴では捉えきれない歪さが「cody beats」ひいては、UNISON SQUARE GARDENの魅力。タイトルがcody beats→コーディビーツ→コーデいびーつ→コード歪つというのはファンの間では有名な話か。瑞々しい曲調と歌詞では隠しきれない歪さに今回は焦点を当てる。

 

 この歪な楽曲は、ただのラブソングなのか?

 

cody beatsはラブソング

 

 まずは、ラブソング解釈で歌詞を見ていく。

点と線とペンで切り離した 歪なボーイミーツガール

セロファンのテープで貼りなおした 歪なボーイミーツガール*1

ボーイミーツガールとは所謂ベタなラブストーリーを指す言葉だが、ここで描かれている関係は切離したうえでわざわざ貼りなおしているので、一筋縄ではいかないようだ。

余談だが、セロハンのテープで貼り直した歪なボーイミーツガールが数年越しに回収されるとは思わんかった。

夜が明けないのを誰かのせいにして 僕は君を見失ってた*1

文脈を見る限り、夜が明ける=君に想いが届く?想いが届かないことを他者や環境のせいにしてしまって、一番大切な君自身を見失っていたと読める。

その声がする方へ僕は歩き出す 君の待つ場所へ*1

他者のせいにすることを止め、自分自身の力で歩き出した。君に想いを伝えるために。この行動力と強さがただのラブソングじゃなくて好き。

 

 この強さはラスサビでもう一度表される。

夜が明けないのを誰かのせいにしてるやつは もうどっか行ってしまえ

何度も繰り返して大人になる そんなのちっともかっこ悪くないよ

その声がする方へ僕は歩き出す 君の待つ場所へ*1

過去の自分を語気強く否定する。しかし、時には間違った行動をしながらも試行錯誤しながら成長することを肯定する。

この足でそう歩き出す 思いのスピードで 君の待つ場所へ*1

一回り成長した姿で僕は君の待つ場所へと歩き出す。ボーイミーツガールとして、この上ないラストである。

 

 ラブソング解釈でcody beatsを紐解いた。名曲であると再認識できたが、やはり歪さがある。というのも、所々ラブソング以外の捉え方ができる歌詞があるからだ。田淵の描くラブソングはもっと分かりやすい。

例えば、「クローバー」。

 

徹頭徹尾、ラブソングである。少年と少女の関係が美しい言葉で紡がれている。綺麗すぎる。田淵智也天才すぎん…?

個人的にお気に入りの歌詞はここ。

君がここに居ないことで あなたがここに居ないことで 回ってしまう地球なら

別にいらないんだけどな*2

純愛以外の何物でもない。好き。

 

 「空の飛び方」もラブソング。サブスクに音源がないので、『cody beats』の購入ページを貼っておく。

cody beatsstore.toysfactory.co.jp

この曲も徹頭徹尾ラブソング。人を想う純粋な気持ちが真っ直ぐに描かれていて大好き。田淵の描くラブソングってピュアですよね…。

 

 『JET CO.』までのラブソングを取り上げてみたが、やはり分かりやすい。ラブソング以外の解釈ができない。田淵は解釈に余地があるラブソングを描く印象がない。だが、「cody beats」はラブソング以外の解釈ができる余地がある。それがこの曲の歪さを加速させている。では、ラブソング以外だと、どのような解釈ができるだろうか。

 

cody beatsはラブソング?

 

 『JETCO.』リリース時のインタビュー記事に興味深い発言があったので一部を引用する。

 

田淵:(「cody beats」について)楽曲の感じはユニゾンのスタンダードだと思うんですけど、歌詞に関しては今まで自分が言ってきたことを限りなく翻訳したというか。これまでにない回路で詞にアプローチできて。*3

 

 UNISON SQUARE GARDENの曲は難解だ。独特な言葉が多いから、一聴じゃ読み解けない。でも、何度も聴くたびにその曲が伝えたいこと、田淵が伝えたいことが見えてくる。これまで様々なジャンルの曲をリリースした彼らだが、歌詞については明るく優しい。その優しさは真っ直ぐではないし、寄り添うようなものではない。ひねくれているし遠回しな時もあるから分かりづらいけど、彼らの言葉は現実を自分の力で切り開いていける力を与えてくれる。弱気な気持ちを蹴り飛ばしてくれる。

 

 あらためて歌詞を見直すと、「cody beats」も弱気な気持ちを蹴り飛ばしてくれるフレーズばかりだと気づいた。

夜が明けないのを誰かのせいにして 僕は君を見失ってた

何度も繰り返して 見えそうもない答えを遠くで問いかけるような

その声がする方へ僕は歩き出す 君の待つ場所へ*1

 先ほども取り上げたサビの部分である。ここでの「君」は、夢や目標などの概念としても考えられる。夜が明けない=現実が変わらない。そのことを他人や周囲のせいにして、夢そのものを見失っていた。だが、「僕」は「君」の待つ場所へ自力で歩き出す。

 

夜が明けないのを誰かのせいにしてるやつはもうどっか行ってしまえ

何度も繰り返して大人になる そんなのちっともかっこ悪くないよ

その声がする方へ僕は歩き出す 君の待つ場所へ

 

この足でそう 歩き出す 思いのスピードで

君の待つ場所へ*1

 自力で歩き出した「僕」は、かつての自分を否定する。だが、それは拒絶ではない。夜が明けないのを誰かのせいにすることは若さゆえの行動であって、成長には必要不可欠なことだ。悪いことでは無い。「僕」はかつての自分を受け入れ、否定することで、一回り成長した。

 周りのせいにして歩みを止めてしまうことは成長に必要なことだけど、いつまでも止まってるな。自分の足で歩いてほしい。これこそ、「cody beats」で、ひいてはUNISON SQUARE GARDENの多くの曲で伝えていることだと思う。私はUNISON SQUARE GARDENの一見突き放している様に見えるけど優しい所が大好き。十六年も前からこの姿勢を貫き続けている所も大好きだ。

 

 以上より、「cody beats」はUNISON SQUARE GARDEN特有の背中を蹴り飛ばす曲だとも捉えられる。二重に解釈できる部分が、この曲の歪さとかっこよさを加速させているのだ。

 

おわりに

 メジャー1stアルバムにて自分たちの存在を示した彼らが、次に示したのは自分たちの意思だった。十六年前から提示された意思は歪んで繋がって途切れることなく、表され続けている。相変わらず表現は分かりづらいが、届く人には届いている。私もUNISON SQUARE GARDENの曲に勝手に救われてきて、もう十年が経った。ロックバンドは永遠だと思い込んでいたが、四年前にそうではないと知った。それ以来、UNISON SQUARE GARDENがUNISON SQUARE GARDENとして音楽を鳴らしてくれることに感謝と尊敬の念を抱いている。彼らも永遠ではない。いつか歩みを止めてしまう日が来てしまう。悲しいことだけど、その日が来たら今まで彼らが紡いてきた音に感謝を込めて受け入れたいと思う。だが、ライブでの彼らを見る限り、その日はまだまだ来ないように思う。彼らが歩みを止めるその日まで、私は彼らを追い続ける。自分の意思で。

『JET CO.』発売十六周年おめでとうございます。

 

引用元

1.cody beats/UNISON SQUARE GARADEN https://lyrics.lyricfind.com/lyrics/unison-square-garden-cody-beats

2.クローバー/UNISON SQUARE GARADEN https://lyrics.lyricfind.com/lyrics/unison-square-garden-clover

3.https://natalie.mu/music/pp/unisonsquaregarden/page/2?nosp=1

 

企画まとめ記事はこちら

https://summerday.hatenablog.com/entry/2026/04/07/000024

 

 

 

 

 

信じた先に、何もなくても。【Populus Pupulus Prologue】

Populus Populus Prologue トレイラー - ナツノヒsummerday.hatenablog.com

 

 本記事はナツ様主催の企画"Populus Populus Prologue"参加記事です。13人の文字書きが名盤『Populus Populus』の14周年を祝います。あの名盤が出てからもう14年も経つなんて信じられません。今回は主催者による担当曲総指名制がとられています。巷では文字書きデスゲームと言われていましたね。まったくもってそのとおりだと思います。さらに、参加者全員の連作形式となっています。前曲のスカースデイルを担当された樒さんの記事があまりにも美しくて、どうしたもんかと大変困っているのですが、なんとか書きました。全ての記事がつながっていますので、ぜひ他の犠牲者参加者の方の記事もお読みください。以下、本編。

 

 

はじめに

 『Populus Populus』は2011年に発売されたUNISON SQUARE GARDENの3枚目のアルバム。ポップとロックの融合というUNISON SQUARE  GARDENらしさが花開いた1枚。「僕らのその先」や「未完成デイジー」など、3人以外の音が入った曲も収録されており、表現の幅が広がっている。歌詞の面からは、「プロトラクト・カウントダウン」のようなギターフレーズが耳に残るロック然とした曲でも、「みんなにナイショ大冒険」というかわいいワードを歌詞に入れることによってポップさを生み出している。ライブ定番曲の「場違いハミングバード」も初収録されたのはこのアルバムだ。あの曲も恐ろしいくらいにロックンロールなのに、歌詞の軽快さのおかげで、ポップに聴こえる。全ての曲に音の面、歌詞の面でポップさが散りばめられているが、全ての曲の土台に3人が生み出すロックサウンドがあるため、ポップすぎない。この塩梅がちょうどいい。

 彼らの代表曲の一つである「オリオンをなぞる」が収録されていることもあり、このアルバムからユニゾンを聴き始めた方も多いのではないだろうか。ロックバンドの3枚目のアルバムは名盤という持論を展開しているので、『Populus Populus』はもちろん名盤。

 

 UNISON SQUARE GARDENの方向性が示されたこの1枚から、「ワールドワイド・スーパーガール」を読み解く。間の中点を忘れがち。歌詞の圧倒的な明るさが印象的な一曲。何と言っても、Yeah!が3回も出てくる。しかも出てくるたびに!マークが増えていく豪華仕様。UNISON SQUARE GARDENの中で1番明るい曲と言っても過言ではないのだろうか。だが、曲調自体はかなりロック。間奏のところでは貴雄も毎回暴れまわってるし。

 歌詞が圧倒的に明るいと言えども、ユニゾン特有の表現は健在。この頃から表れているとでも言うべきか。一聴じゃ真意をつかみづらいフレーズが多いが、聴くと不思議と心が前向きになる不思議な曲。今回は、曲を語るうえでの形式に触れながら、「ワールドワイド・スーパーガール」の歌詞を読み解いていく。それでは、いってみよ〜。

 

 

語りの形式の違いについて感じること

 この曲の歌詞を読み解く前に、楽曲について語ること自体について整理したい。

小説か、評論かー『僕らのその先』の語られなさを語る【Populus Pupulus Prologue】|⭐︎note.com

 ☆さんの記事では、語りの形式の違いについて述べられていた。この記事を読んで、私は楽曲を小説形式で語りやすいものと評論形式で語りやすいものの二つに分類しているなと思った。私は小説形式で書くことが苦手なので、どの曲も評論形式を取ってしまいがちだ。

 だが、そんな私でもこの曲だったら小説形式の方が書きやすいなと思う楽曲はある。それは、ラブソングだ。ラブソングは書きやすい。なぜなら、歌詞を通して曲中に主人公と主人公の感情の動き、感情を向ける対象が明確に描かれているからだ。曲中にすでに小説を書く際のヒントが散りばめられているので、書きやすい。ラブソングでなくても、この条件を満たしていれば小説形式で書きやすい曲になる。

 UNISON SQUARE GARDENの楽曲にもラブソングは複数あるが、「クロスハート1号線 (advantage in a long time)」、「オーケストラを観にいこう」、「恋する惑星」は特に書きやすい。上記のポイントを押さえているから。だが、「アイラブニージュー」は書きづらい。あの曲はポイントを押さえているとは思うが、一聴じゃ読み解けない表現が多すぎて個人的には無理。そもそもあの曲はラブソングか?

 では、ラブソング以外でもこのポイントを押さえていたら、小説形式で書きやすいのだろうか。

 例えば、「instant EGOIST」は上記のポイントを全て押さえている。だが、小説形式では書きづらく感じる。なぜ。思考を巡らせた結果、一つの結論にたどり着いた。曲中で描かれる感情や行動が自分=リスナーに向けられていると感じる時、小説よりも評論で書きたくなるようだった。上記のラブソングでは、主人公の感情が曲中で語られる対象に向けられていることが明確に分かるので、小説で書きやすい。だが、「instant EGOIST」のように、感情を向ける対象がリスナーではないかと一度認識してしまうと、途端に書きづらくなることに気づいた。なので、「何かが変わりそう」も「アンチ・トレンディ・クラブ」も私にとっては小説で書きづらい。これらの楽曲で語られる君が自分のことだとは大変おこがましいことだが、その傲慢さで認識をゆがめることで、自分を救ってきた。

 

 

「ワールドワイド・スーパーガール」を読み解く

 それでは、今回取り上げる「ワールドワイド・スーパーガール」はどちらの形式が書きやすいだろう。歌詞を引用しながら考えよう。

麦わら帽子がやたらと似合うんだが

笑わない彼女は

かなりのご都合主義

歌詞の一行目から主人公以外の登場人物が出てくる。タイトルにもあるスーパーガールだろうか。この曲は基本的にこのスーパーガールついての描写が大部分を占めるが、個人的に印象に残る部分はここ。

がんばれとか言われちゃって

言われなくても了解で

っていうかもう彼女、

全然最高潮ですから!

ここに至るまでにスーパーガールの描写が続くのだが、それがあることによって単に様子だけを見て最高潮と言っているのではなく、彼女ならやってくれるという信頼も含まれているように感じる。

 

 つまり、「ワールドワイド・スーパーガール」は、上述の小説形式を取りやすい条件を満たしている。しかし、私は評論形式をとる。

 その理由は、主語と述語が逆転しているが評論形式を取れる条件を満たしているから。この曲はリスナーの、少なくとも私のUNISON SQUARE GARDENに対する思いが表現された曲と読み解けると思ったからである。詳しく見ていく。

 

Yeah!今世紀最大の

ってあおってる割にはちっとも

俺には期待外れだな

せっかくですからワールドワイドの

テンションでガタガタ騒ぐ

この曲で何度も繰り返されるフレーズだが、この部分はリスナーのUNISON SQUARE GARDENへの思いがよく表れている部分だと感じる。

 

 あおってる割には期待外れなものは、世間で話題になっている曲。ただ、あくまでも自分にはハマらなかっただけ。良いとは思うけど、もっと良い曲、良いバンドを自分は知っているな。まだ自分しか気づいていないけど、その分思いっきり騒ごうというふうに読み取った。Yeah!は盛り上げ要員。繰り返されるたびに!マークが増えているのは、それだけテンションが上がっていることを示しているのか。

 

 主人公=リスナー、スーパーガール=UNISON SQUARE GARDENと考えると、先ほど引用したこのフレーズも見え方が変わってくる。

がんばれとか言われちゃって

言われなくても了解で

っていうかもう彼女、

全然最高潮ですから!

「がんばれ」と言われているのはスーパーガール。「オリオンをなぞる」のヒットもあり、音楽業界からの期待が寄せられていたのだろう。だが、そんなこと言われなくても分かっているし、リスナーからしたらUNISON SQUARE GARDENはずっと最高潮のロックバンドであることに変わりない。だからこそ、今世紀最大と煽られている他の曲は期待はずれに聴こえてしまう。

 

Yeah!!

ってな感じでもうずっと

目の当たりにしちゃっているもんで

俺には期待外れだな

 2番のサビの部分。彼らは音楽という形で自分たちが信じているものを伝えてくれた。そして、それをライブを通してずっと届けてくれた。ってな感じでもうずっとUNISON SQUARE GARDENの最高潮な状態を目の当たりにしてるので、やっぱり世間の音楽はどうしても期待外れなのである。

 

 

  ここで『Populus Populus』発売時のインタビューを一部引用する。

田淵:変わらずエゴイスティックなんですけど、虚勢なく、包み隠さず、自分たちが“本当にあって欲しい楽しい音楽のかたち”が嘘偽りなく出せたような気がする。

僕たちの大好きな曲たちと、言葉たちと、歌で作れたアルバムだと満足していますね

*『ロックバンドのフォーマットに乗っ取り、ポップ道を究めるUNISON SQUARE GARDENが到達した3rdアルバム『Populus Populus』の瑞々しい世界』より引用

 

 私は田淵の自分たちの音楽が好きだとはっきり言うところが好きだ。好きだからこそ、自信を持てるのだろう。その姿勢は14年前から貫かれていることが、上記のインタビューから分かる。自分たちの音楽で世界が変わらなかったとしても、時に歩みを止めて後ろを向いても、その姿勢は変わらない。やりたいことをやっている彼らが好きだ。

 

 『Populus Populus』の収録曲は、明るい曲が多い。その中でも、「ワールドワイド・スーパーガール」は一段と明るくて、聴いてる人の気分も明るく前向きにさせる。その力の源は、UNISON SQUARE GARDENの音楽への姿勢を一番示している一曲だからだ。この曲を聴くと、自信を持ってやりたいことを思いっきりやっている彼らの姿が浮かんでくるから、気持ちも明るくなるのだろう。

 

 自分たちの音楽を好きでいて、自信を持つ。14年前から示し続けてきた姿勢は、時にポップに、時にロックに振り切りながらも、一度もブレることはなかった。だからこそ、UNISON SQUARE GARDENはロックバンドを続けているのだろう。

 彼らが信じる音楽が世界を変えられなかったとしても、私は彼らの音楽が好きで、これからも彼らが示す姿勢を信じ続ける。

 

 

おわりに

渡り【Populus Populus Prologue】 - 愛の座敷牢sameg.hatenablog.com

 樒さんの記事を読むまで、「スカースデイル」は単なるラブソングだと思っていた。今でもラブソングだとは思っているが、この記事を読んで少し認識が変わった。「スカースデイル」の歌詞が自分に向けられているように感じてきたのである。これぞ正しく、他者の語りの影響だ。私の中にこの曲に対する新たな解釈が生まれたのだから。彼の記事は、「ワールドワイド・スーパーガール」の解釈の手助けもしてくれた。この曲が与えてくれる活力の源は何かとずっと思案していたのだが、この記事を読んだことで、言語化できた気がする。

 私も自分自身の語りは野暮だと感じる。それに加えて、判で押したような文章しか書けないことがコンプレックスだった。だが、今はこの語りが誰かの手助けになっているかもしれないと思えるようになった。私が彼の記事を読んで新たな解釈を得ることができたように、この記事が誰かの解釈の手助けになっていればと思う。

 

 『Populus Populus』発売14周年おめでとうございます。

 

 

引用元記事

ロックバンドのフォーマットに乗っ取り、ポップ道を究める UNISON SQUARE GARDENが到達した 3rdアルバム『Populus Populus』の瑞々しい世界 - インタビュー&レポート | ぴあ関西版WEB

 

企画のまとめ記事はこちら

https://summerday.hatenablog.com/entry/2025/07/06/000016

道ならとっくに示されてる。【CIDER(EL)ROAD】

CIDER R(EL)OAD トレイラー - ナツノヒsummerday.hatenablog.com

 

 本記事はナツ様主催の企画"CIDER R(EL)OAD"参加記事です。13人の文字書きが名盤『CIDER ROAD』の12周年を祝います。今回は各自の執筆テーマが事前に定められていたため普段よりも縛りはありましたが、それが書く上での面白さを増幅させており、楽しかったです。ナツさんから提示されたテーマはなかなか書きごたえがありました。私はため息 shooting the MOONの執筆テーマを決めさせていただきました。私が想像していた通りに書いてくださったので感無量です。他の執筆者の記事もぜひお読みください。以下、本編。

 

 

はじめに

CIDER ROAD』はロックバンドUNISON SQUARE GARDENの4枚目のアルバム。彼らの一つの到達点であり、J-POP界隈をひっくり返すつもりで造られたアルバム。当時の彼らの全力が詰まっている一枚だ。特に田淵のCIDER ROADに対する気合いはものすごいもので、あらゆるメディアにて『CIDER ROAD』への自信を語っている。特に『CIDER ROAD』リリース前の田淵の勢いはものすごいので、一部引用する。

各メディアで「日本よ、これがアルバムだ。」「自分が今までポップだと思っていたものはなんだったのか」ぐらい騒がれてもいいのに、と未だに思っている。

                                                                               *¹田淵かく語りき2013年2月より引用

彼がここまで言い切った作品は『CIDER ROAD』だけではないだろうか。実際、『 CIDER ROAD』は名盤だ。上記のブログ引用部分にもあるように、ポップに振り切れた作品で、聴いているだけで自然と前を向けるような曲たちで構成されている。ピアノや管楽器が使用された楽曲が多く音からしてもポップだし、歌詞もUNISON SQUARE GARDENにしてはメッセージ性が強く読み取りやすい曲が多い。一方で、ため息shooting the MOONやセレナーデはきこえないのようにバンドサウンドを全面に打ち出したロックンロールの心意気を忘れさせない楽曲もある。個人的にUNISON SQUARE GARDENの音楽スタイルを確立させたアルバムだと思っている。ジャケ写のハリネズミもかわいい。

 

 そんなUNISON SQUARE GARDENらしさ満載の『CIDER ROAD』の中から、「to the CIDER ROAD」を読み解いていく。アルバム名を 冠した一曲。着実なバンドサウンドでありながらも、ポップスを彷彿とさせる感触。あのイントロを初めて聴いた時の高揚感は忘れることができない。担当できてとても嬉しい。

 今回は事前に執筆テーマが設けられており、私がいただいたテーマはこちら。

「アルバムとしての1曲目、企画としての最終曲、その両軸からの視点で執筆せよ」

なかなか骨のあるテーマである。企画のトリなんかしたことない。こちらの力量が試されまくっている。こわい。主催者様恐ろしい。だが、いつも通りに私のなりの書き方で書いていければと思う。それでは、いってみよ〜。

 

 

「to the CIDER ROAD」とは

 まずは、「to the CIDER ROAD」がどんな曲なのか読み解いていく。再生してまず耳に飛び込んでくるのは、軽快なギターの音。徐々に大きなるサウンドと共に、胸の高鳴りも大きくなる。高鳴りが臨界点に達したところで、ドラムがスパッと入り、曲として一区切りをつける。そこからは、サイダーが弾けるような爽快なバンドサウンドが展開されていく。よくよく聴くと星が流れるようなシンセサイザー?の音も聴こえて楽しい。ギターソロがあったりドラムのキメがあるなど、要素だけ見ると非常にロックサウンドの一面が強い。だが、シンセサイザーの音や明るい曲展開が、曲想をポップスに仕上げている。ロックとポップが融合したこれぞUNISON SQUARE GARDENというべき1曲。UNISON SQUARE GARDENの音楽スタイルを如実に表した1曲だ。聴くたびにテンションが上がる。大好き。

 

 いつも通り、歌詞も読み解いていく。これほどまでにUNISON SQUARE GARDENの音楽スタイルを示した歌詞はないのではないだろうか。 企画記事のたびに言ってる気がするな。『CIDER ROAD』が発売された時期を考えると、この曲でひいてはこのアルバムで、UNISON SQUARE GARDENの音楽スタイルを示し、その姿勢をずっと貫いているから、毎回の企画記事で同じようなことを言っているという方が正しいか。とにかく、「to the CIDER ROAD」がUNISON SQUARE GARDENのスタイルを示したパイオニア的1曲ということは確かだ。

 

 個人的に歌詞におけるユニゾンっぽさには、3つの要素があると思っている。1つめは、一聴じゃ分からない表現が多用されていること。2つ目は、世の風潮に疑問を投げかけ、時にはその風潮にNOを突きつけること。3つ目は、自分たちの信じる音楽像を示していること。

 この1つ目の要素がなかなか厄介で、堅苦しく捉えてしまいがちだ。例えば、シュガーソングとビターステップの蓋然性合理主義。この単語だけ見たら、あんなポップな曲の歌詞の一部なんて想像できないですよね?それをメロディの作り方ひとつでポップに仕上げてしまうのだから、田淵智也は本当に天才だと思う。メロディと単語のアンバランスさもUNISON SQUARE GARDENの魅力の一つだろう。

 

 小難しい単語も曲想一つでポップにできるUNISON SQUARE GARDEN。だが、「to the CIDER ROAD」は少し状況が違う。曲調が明るく開けているのは間違いないのだが、歌詞の分かりやすさもこの曲のポップさを増幅させている要素の1つ。もちろん、UNISON SQUARE GARDENの曲なので分かりづらい表現はままあるのだが、一聴しただけでも歌詞の大意は読み取れる。それくらいには、分かりやすい。例えば、ここ。

本当は弱さは強くて 涙こそ道しるべ

こんなん見たまんまの通りや!それ以上でも以下でもない!この言葉にどれだけ救われたか。興奮して思わず関西弁が出るくらいにはこの歌詞大好き(号泣)

 

 歌詞の分かりやすさに加えて、歌詞の明るさもポップさを増している要因の1つ。この曲は前向きな表現が多く、未来へ向かって歩き出そうという気持ちになれる。

 しかし、UNISON SQUARE GARDENらしさも忘れていない。しっかりと世の中の風潮に疑問を呈したうえで、NOを突きつける。

相当前の過去はキレイだ? 光って至って美しい?

おまえが容易く決め付けるなよ バカ野郎

ここかなり強い言葉が出てきていてびっくりする。あの明るくポップな曲調にバカ野郎という言葉を乗せられるセンスがすごい。言葉の強さに負けない曲調の明るさもすごい。むしろ、ポップで軽快なメロディに乗せるからこそ言葉の強さが増すのかもしれない。

 このように、「to the CIDER ROAD」はUNISON SQUARE GARDENらしさに溢れていて、UNISON SQUARE GARDENの音楽スタイルを示した1曲なのだ。

 

 

アルバム1曲目としての「to the CIDER ROAD

 では、アルバム1曲目としての「to the CIDER ROAD」を読み解いていこう。

 アルバムの1曲目は大事だ。その1曲でアルバムの雰囲気が伝わってくるから。そのアルバムの名刺がわりの1曲とも言える。そう考えた時、「to the CIDER ROAD」は最高の1曲だと言えるだろう。これから何が起こるんだろうというワクワク感もすごいし、同期音源が使われてるという意外性も伝わる。かといって同期音源頼りになりすぎず、むしろ3人の音が際立った1曲になっている。この曲を聴くだけで、『CIDER ROAD』はポップとロックの融合が実現したアルバムなのかなと気付かせてくれる。

 実際、そのまま聴き進めると、2曲目ではゴリゴリのロックチューンである「ため息 shooting the MOON」が待ち受けていてUNISON SQUARE GARDENは確かにロックバンドであることを思い出させてくれるし、4曲目の「like coffeのおまじない」はポップに振り切れていて、新たな一面を楽しむことができる。「to the CIDER ROAD」はものの見事に、『CIDER ROAD』の方向性を表しているのだ。

 

 アルバム1曲目にふさわしい 「to the CIDER ROAD」だが、アルバム最終曲でも正直違和感がない。なんだろう、エピローグ感が漂っているとでも言えばいいのだろうか。実際に、田淵はアルバムリリース時のインタビュー記事にて、クライマックスにあたるような曲を最初に持ってきたと話している*²。J-POP界隈に殴り込む気概で作られたアルバムの1曲目に、自分たちの音楽への姿勢を表した1曲をぶつけてくるその心意気、最高にロックンロールではないだろうか。アルバム名を冠しているだけはある。「to the CIDER ROAD」は、アルバム全体を引っ張っていく道標のような1曲で、J-POPに風穴を開けるための弾丸でもあるのだ。そして、そんな1曲を引っ提げた『CIDER ROAD』は彼らが進んでいく道そのものだ。

 

 

企画最終曲としての「to the CIDER ROAD

 最後に、企画としての最終曲という視点から 「to the CIDER ROAD」を読み解く。

 

 この企画は『CIDER ROAD』発売12周年をお祝いするためのものだ。各自執筆テーマは違えど、このアルバム、楽曲に対する想いを綴っている。もちろん、私も 『CIDER ROAD』発売12周年祝いのために、これまでの文章を書いた。

 企画最終日は、いわゆるトリだ。企画全体をまとめる必要がある。企画最終日の1曲という視点で見ると、締めくくりにふさわしい1曲だと感じる。

 

その目を離さないで さあ 次はどこへ、どこへ行こう?

「to the CIDER ROAD」の最後の歌詞。自分たちが信じている音楽ならどこへでも行けるから、その行く末を見ていて欲しい。そんな余裕と自信に満ちたワンフレーズで締めくくられる。

 12年前の曲にもかかわらず、21年目を迎える今の彼らを歌っているようにも聴こえる。20周年というお祝いを締めくくり、いつも通りのロックバンドに戻る彼らを導くような、そんな風にも聴こえる。

 

 比較的分かりやすい歌詞もポップとロックが融合した曲調も、この12日間で示された『CIDER ROAD』の魅力そのものだ。12日間、12人の文字書きが様々な視点から掘り下げた『CIDER ROAD』の輝きを「to the CIDER ROAD」がまとめた上で、その先の道を示しているように感じてならない。

 

 「to the CIDER ROAD」は "CIDER R(EL)OAD"を締めくくる一曲でもありながら、UNISON SQUARE GARDENのこれからを示す一曲でもあった。これが執筆テーマに対する私の答えだ。

 

 最初と最後という極端な性質を併せ持つこの曲が、企画の最終日に割り当てられていることに運命を感じる。主催者様はそこまで考えてこの企画を立てたのか・・・?恐ろしい子・・・

 

 

おわりに

 今年は 『CIDER ROAD』発売12周年でもあるが、UNISON SQUARE GARDEN結成21年目の年でもある。昨年、UNISON SQUARE GARDENは結成20周年という節目を迎えた。昨年はずっとお祝いムードで特別なライブが何本もあった。あまりにもお祝いムードで満たされていて、正直、このままバンドを終えてしまうんじゃないかと不安になった時もあった。ロックバンドは永遠じゃないからね。だが、あの日、去年の7月24日のあのMCを聞いた時、この人たちはまだまだバンドを続けるんだろうなと思えた。実際、21年目に突入した今もライブツアーの真っ最中だ。UNISON SQUARE GARDENが歩みを止める日はまだまだ先だろう。

 

 

 ここで、『CIDER ROAD』リリース時のインタビュー記事の一部を引用する。

昔から自分が行かなきゃいけない道があると思ってるんですけど、それは〈ロック・バンドなのに何でこんなことしてんの?〉って言われるようなことだったりするんですよね。ここまでエッジの立った音でわかりやすいポップスをやるバンドはいないと思っていて、それは何でやんないか?と言ったら、たぶんカッコ悪く見えるからだと思うんですよ。〈いまさら王道のコード進行なんて〉〈小難しくて言葉数の多い歌詞なんて〉みたいな。でもそれがいちばんやりたいことだし、自分たちが進む道を〈誰も邪魔すんじゃねえ!〉という思いがこのアルバムには詰まってると思います。

 *²

 

 8年前から「to the CIDER ROAD」を通して、『CIDER ROAD』を通して、自分たちの進む道を信じて示し続けていた。

UNISON SQUARE GARDENが進むCIDER ROADはこれからも続いていく。

 

CIDER ROAD』発売12周年、UNISON SQUARE GARDEN結成21周年おめでとうございます。

 

 

引用

*1

BLOG | UNISON SQUARE GARDEN - official web site

*2

UNISON SQUARE GARDEN 『CIDER ROAD』 - TOWER RECORDS ONLINE

 

 

 

 

 

適当メモワール 2024

はじめに

 2024年も終わる。年月の過ぎるスピードは年々はやくなっていくように感じる。これ去年も書いたっけ?まあいいか。とにかく、今年もあっという間だった。この調子で生きてしまうと、死ぬまでもあっという間なんだろうな。これも去年書いた?

 

 今年は初めてが多い年だった。初めて社会に出て週5勤務の絶望を味わったし、初めて武道館に行って大好きなロックバンドの記念日をお祝いした。この2つ並列するもんじゃない。そのほかにも今年は人生で初めての出来事が多かったので、一つずつ振り返ろうと思う。それではいってみよ〜。

 

初 社会人

 初っ端にくる事柄これ????最悪すぎん????てか、初社会人ってワード何?日本語として破綻してない?初も何もなくない???は?????

 労働が嫌すぎてキレ散らかした状態から始めてしまった。今年の4月から社会人になってしまったため、毎朝血涙を流しながら電車に乗って出勤している。勤務中は、今私は自分の仕事で必死なんですという雰囲気を全力で醸し出すことで、厄介事を押し付けられることを回避している。成功率は50%ぐらい。

 三日に一回の頻度で、どうして明日も仕事なんだろうか、なぜ休みは週に二日しかないのかという疑問が頭の中に生まれ、その度に元々大してみなぎっていないやる気が急速に失われていく。今まで週1楽々アルバイト生活を送っていた人間にとって週5勤務は厳し過ぎる。毎日出勤してる時点で褒めて欲しいし、その段階で日当1万円はもらって然るべき。半年以上働いてるけど、いまだに社会人慣れねえよ。多分一生なれないよ。この記事を読んでいる大学生の皆さんは今のうちに休みを謳歌しなさい。毎日10時まで寝ろ。麻雀もやっとけ。絶対だぞ。

 

初 寄席

 ここからは楽しい話しかしません。労働という単語はこの世から消えました。

 去年の12月ごろからお笑いにハマっている。好きなコンビは、マユリカ男性ブランコも好き。最初のうちはテレビやラジオを追いかけるだけで満足していたが、次第に生で見たくなった。

 今年の5月ごろに近くの劇場にマユリカが出演していたので、見に行った。チケットは一般で取ったにもかかわらず、前から2列目という良席だった。定刻になると出囃子が鳴り響き1組ずつ出てくる。出囃子はコンビごとに違っていて、それぞれのカラーが出ていて面白かった。センターマイクまで悠然と歩く人、走り込んでくる人、コンビで足並みを揃える人、バラバラに出てくる人。出場の仕方もそれぞれで見ていて楽しかった。何より、生で見るマユリカは面白かった。テレビで見るよりも何倍も面白く感じた。二人ともずっとお互いの顔を見ながら漫才をしていた。他のコンビも全部面白かった。生で見る漫才は迫力があった。

 寄席のチケットは、2000〜4000円ぐらい。劇場の規模によって値段は多少増減するが、ロックバンドのライブと比べるとかなり安い。しかも、一般販売でチケットが取れてしまうし、公演時間直前でも買えることが多い。 そこにお値段のお手頃さも加わって、明日暇だし寄席でも行こ〜ができてしまうのである。ロックバンドに置き換えると、たった3000円で10組以上のバンドが見ることができるんですよ?そんなフェスこの世にあります?全組良いんですよ?恐ろしいぐらいのコスパの良さ。少しでも気になってる芸人がいる人は今すぐ寄席に行け。世界変わる。

 

初 武道館

今年の7月、大好きなロックバンドUNISON SQUARE GARDENのライブがあった。彼らは今年の7月で20周年を迎えた。そのお祝いとして武道館公演が行われた。武道館を三日間も借りて行われた祭典である。しかも、内容は全て異なっている。発表時から感じていたが贅沢だな。

 私が参戦したのは初日公演。UNISON SQUARE GARDENのライブにはもう20回以上参戦しているが、武道館に行くのは初めて。本殿?にたどり着くまでに城門のようなものをくぐらなければならないとは知らなかった。中はステージを囲むように客席が配置されていた。普段のライブではまずない光景に非日常を強く感じた事を覚えている。

 席配置は普段とは異なっていたが、ライブそのものはROCK BAND is funの名の通り、ロックバンドの良さが凝縮された最高のライブだった。炎などの特別な演出はなく、照明と3人が奏でる音だけで彩られたいつも通りだけどちょっと特別なライブだった。この日の田淵のMCはしばらく待受画面に設定していたぐらい好き。初めての武道館がUNISON SQUARE GARDENで良かった。

 

初 アイドルのライブ

 2年ぐらい前からSnowManにもハマっている。好きなコンテンツが多くて少し困っているが、好きなものが多ければ多いほど人生は豊かになると自己暗示をかけて解決する。

 昨年のドームツアーも参戦したかったのだが、チケットが当たらず行けなかった。当時の私はSnowManの人気っぷりを完全に舐めきっており、大阪公演だけの応募でも当たるだろうと思っていた。仕方ないじゃんそれまでロックバンドのライブしか行ったことなかったんだから、一番近い会場の公演だけでも当たると信じきってたんだよ!ドームツアーだからキャパシティも大きいし当たると思うだろ!どんだけ人気なんだよ!

 昨年度の失敗を活かし、今年は行けるところ全ての公演に応募した。その結果、一公演参戦することができた。数は正義。

 全てのアイドルがそうかは分からないが、SnowManのライブは入場時まで座席が分からないようになっている。入場時に自分の端末のQRコードを読み取ってもらい、その場でチケットを発見する形になっているのだが、これがワクワク感を演出している。単に転売防止目的かもしれないが、アリーナだったらどうしようとかスタンド後方だったら照明に集中しようとか色々考えられるあの仕組みが私は結構好きである。何事も捉え方次第でどうとでもなるよ。

 目の前で発見されたチケットを受け取って、ワクワクしながら会場に入る。一番最初に目に留まったのは、ステージの装飾だった。入り口と反対の位置にメインステージがあり、ステージ上部にはSnowManのロゴが飾られている。メインステージの両脇には大きなモニターが設置されていた。センターステージとバックステージをつなぐ道は電飾が施されており、一定の間隔でそれぞれのメンバーカラーへと変わっていく。あまりの豪華さに若干気圧されながらも、自分の座席を探す。スタンド席だったがかなり前方で、始まる前から興奮がおさまらなかった。

 定刻通りにライブは始まった。まず驚いたのが、ライブ前にショートムービーが流れるのである。豪華。お金払うからあのムービーください。元気ない時に見たいんで。

 ライブが始まってからも驚きの連続だった。一曲目から特効のオンパレード。ステージ上部からは火花が吹き荒れ、下部からは水が吹き出していた。暑いのか寒いのか分からん。そもそも一曲でやる特効の量じゃない。お金かかりすぎ。そのほかにも、大きなムービングステージがあったり、気球がでてきたりと、とにかく豪華だった。推しがバックステージ付近に移動してきた時に、なぜか急に生を実感して涙が止まらなくなりました。咽びながらペンライト振ってました。ライブってすごい。来年も行きたい。

 

終わりに

 こうして振り返ると、あらためて初めてが多い年だったと強く感じる。仕事に関しての初めては一生経験することなく生を終えたかったです。とにかく働きたくない。不労所得だけで暮らしたい。毎日何かしらのライブに行きたい。初めての経験をたくさんしたけれど、一番嬉しかったことは大好きなロックバンドの記念日をお祝いできたことである。ロックバンドは永遠ではない。けれど、私の大好きなロックバンドはまだ活動を続けてくれるようだ。彼らが楽しみ続ける限りは、追いかけ続けようと思う。

 

 このブログも今日で四周年です。来年はもう少し投稿頻度をあげたいと考えているので、気が向いたら読んでいただけると嬉しいです。ずっとおんなじこと言ってるな。仕事のペースも掴めてきたので、これからも気ままに続けていくぞ〜。

 

 それでは良いお年を。

 

 

 

 

 

ポップが全てじゃないのでは?【Catcher In The Relay】

summerday.hatenablog.com

 

 本記事はナツ様主催の企画”Catcher In The Relay”参加記事です。13人の文字書きが『Catcher In The Spy』の楽曲について綴ります。投稿日まで各楽曲担当者が非公開、1曲に複数の担当者がいるなど面白い仕掛けが満載です。是非とも他の参加者の方の記事もお読みになってください。素敵な企画に参加することができて最高でした。以下、本編。

 

 

はじめに

 『Catcher In The Spy』は、ロックバンドUNISON SQUARE GARDENが2014年に発売した彼らの5枚目のアルバムである。つまり、今年で10周年。めでたい。

 『Catcher In The Spy』は、UNISON SQUARE GARDENが作り出したアルバムの中で最もロックンロールに舵を切っている作品。シングル楽曲以外は三人が奏でる音のみで構成されている。4枚目の『CIDER ROAD』とは正反対だ。脳天を突くようなベース音が轟くサイレンインザスパイ、攻撃性の象徴のようなサウンドが響く天国と地獄、思わず体をゆらしてしまうビートにユニゾンらしさ全開の歌詞が合わさるinstantEGOIST。テイストは違えど、全ての曲が攻撃性をはらんでいる。だが、危険なものほど魅力的で近づきたくなるものだ。だからこそ、この5枚目のアルバムは多く人の心を惹きつけて離さないのだろう。

 ロックンロールの模範解答のような『Catcher In The Spy』の中でも一際まっすぐで荒々しいながらも、どこか胸が締め付けられるような一曲、何かが変わりそう。今回はこの曲を紐解いていく。この記事を書くにあたって、小説風にしてみようかとか歌詞の内容には全く触れずに楽曲を表そうかとか色々考えたのだが、結局いつも通りにすることにした。不器用なので、新たなスタイルを確立できないのである。大事件すぎる。だが、私は私のやり方でロックンロールを追求する。そのやり方が正しくなくても。それではいってみよ~。

 

 

気づき

 2020年はロックバンドにとって厳しい年だった。未知のウイルスのせいでライブは軒並み延期、中止になり、音楽を楽しめる空間が無くなった。

「お家をライブハウスにしてしまえばいいのでは?」

その考えは誰から生まれたのだろう。そのアイデアは実現し、夢のようなライブは開催された。ロックバンドを楽しむのに場所は関係ない。当たり前の事実に気づかせてくれたライブだった。

 LIVE (in the) HOUSE2という文字は、色を失った日常に一筋の希望を与えた。MVを再現したカメラワークで幕を開けたそのライブは、私に大きな衝撃を与えた。配信でしかできない演出やアコースティック演奏も驚きではあったが、最も胸を打たれたのは何かが変わりそうだった。正直、何かが変わりそうは好きな楽曲の一つでしかなかった。オリオンをなぞるのように思い入れがあるわけではないし、Invisible Sensationのように一聴したその瞬間から心掴まれたわけでもない。ぼんやりと好きな曲だった。だが、あの日、真っ白なライトに照らされ向き合って演奏する三人を見ていると、言葉にできない感情が胸にこみあげてきたのだ。

「何かが変わりそうな夜だ」

それはこの世に蔓延している閉塞感を打ち破ってくれる響きだった。満足に外出できない現状に対する不満、明日はどうなってしまうのかという不安、日常はもう戻ってこないのではないかという諦め。三人の重なった声はその全てを拭い去ってくれるような希望に満ちあふれていた。あの日から何かが変わりそうは特別な曲になった。

 

 

CIDER ROADとCatcher In The Spy

 かくして、何かが変わりそうは思い入れのある一曲になった。ここからは歌詞を読み解いていきたい。だがその前に、『Catcher In The Spy』について深掘りしたい。そのためには、4枚目のアルバム『CIDER ROAD』との関係性を読み解く必要がある。

 

CIDER ROADは音楽に対するある一点に対しての自分の答えを全部出し切った個人的に危険な傑作だと思っている。
その一点とは「この辺りだったらJ-POP請け負えるんですけど」という具合のことで、世の中に僕の好きなJ-POPが存在するならこういう事だよ、という答えだったように思う。

*1:小生田淵はよく喋る2014年8月より引用 

 

 この言葉から、『CIDER ROAD』は田淵がJ-POP界隈に殴り込む気概で作った一枚だということが読み取れる。確かに、 『CIDER ROAD』に収録されている楽曲は、ピアノや菅弦楽器が使用されポップな仕上がりになっているものが多い。like coffe のおまじないはその最たる例だ。歌詞もUNISON SQUARE GARDENの曲にしては前向きで分かりやすいものが多く、「この辺りだったらJ-POP請け負えるんですけど」という言葉に嘘偽りは全くないのだろう。

 だが、実際には世界は変わらなかった。誰もUNISON SQUARE GARDENにJpopの一端を任せようとはしなかった。

 

CIDER ROAD」で音楽界は土下座しに来なかったし、「春が来てぼくら」が作曲的な意味でどんなに傑作かと騒がれることもなかった。(たしかリリース当時そんなことを冗談半分で息巻いていたのだ)
全て身をもって思い知ったことだ。

*2:小生田淵はよく喋る2018年11月より引用

 

この言葉と先日の武道館公演のMCを聞く限り、『CIDER ROAD』の反響が思いのほかなかったことは、田淵の中でロックバンドを諦めかける一因になったのだろう。この大事件を踏まえたうえで、発売されたアルバムが『Catcher In The Spy』だ。

 前作のポップさを意図的に排除した楽曲構成。そこにはこんな意図があった。

 

CIDER ROADでバンドの印象が終わってしまうと遠足先がそのまま新しい住まいになるみたいな予想を抱かれることになる。
新しい住まいから出したアルバムみたいなものを作ってしまうと我々の通常営業が誤解される恐れがある。
そこで、このアルバムの方向性が決まっていったのは否定できないと思う。
だからCIDER ROADの延長にあるような曲はレコーディング中でも徹底的に排除したし、多少の偏りも重要な要素になると思いラインナップを整えた。
なので以上5枚のアルバムをもってUNISON SQUARE GARDENの通常営業がなんたるかの証明は済ませたつもりである(来年違うこと言ってるかもしんない)

*1:小生田淵はよく喋る2014年8月より引用

 

つまり、ポップだけがUNISON SQUARE GARDENの全てではない。ロックもポップも両方こなせる。音楽の両極端からアプローチを仕掛けられることが、UNISON SQUARE GARDENの最大の武器なのだ。

 

 

Catcher In The Spyにおける何かが変わりそう

 『Catcher In The Spy』に込められた意図を紐解いたうえで、何かが変わりそうを読み解いていく。

 全曲ロックな仕上がりとなっている『Catcher In The Spy』の中でも、一際目立つ正統派ロックンロール。バンドサウンドのかっこよさがとことん詰められた一曲だ。イントロのギターが聞こえてきたきた瞬間、否が応でもぶち上がってしまう。ゴリラになってしまう。ゴリラゴリラ。曲構成もイントロ、Aメロ、Bメロ、サビ、Cメロ、大サビ、アウトロと王道の展開となっていて、興奮してしまうのも無理はない。ゴリラ化は不可抗力だった。

 

 一聴では分からないことに定評があるUNISON SQUARE GARDENだが。この曲はまっすぐな表現が多い。一聴しただけでも、おおよその意味は伝わるのでは無いだろうか。しかし、一聴しただけでは真意を掴むことはできない。なんとなく聴いているだけだと、UNISON SQUARE GARDENにしては珍しく、JPOPで歌われがち(偏見)な表現が使われているように聞こえるのだ。

 

例えば、曲中に何度も出てくるこのフレーズ。

何かが変わりそうな夜だ 流れる星にそっと呟いた

いわゆる、流れ星に願いを込めているシーン。星に祈りを捧げるこの行為は多くの楽曲で歌われてきた。

このフレーズもそうだろう。

一人は好きだけど 孤独が寂しくなっちゃって

窓を開け放した ため息が昇る瞬間を見てた

「一人」と「独り」を並べて意味の違いを強調するこのやり口、めちゃくちゃJPOP(偏見の塊)。

 確かに、JPOPで使われがちな表現は出てくる。一方で、UNISON SQUARE GARDENらしい表現もある。

何かが変わりそうな夜だ 流れる星にそっと呟いた

先ほどと同じフレーズ。矛盾しているじゃないかと思った方、ちょっと待ってほしい。ここで注目するのは、「何かが変わりそう」という表現。タイトルにもなっているフレーズ。「何かが変わる」という確信に満ちた言葉ではなくて、「何かが変わりそう」という予感でもあり祈りでもある言葉。安易に変わると言い切らないところがUNISON SQUARE GARDENらしい。

涙がこぼれそうな夜だ 落としたパズルは闇の中へ

その一瞬を奏でるのに どれだけの犠牲がいるんだ

「落としたパズル」とは、何かを成し遂げるために必要だった努力や才能、いわゆる完成までに必要なピースのことだろうか。それらを見失ってしまい完成に近づけなくて涙をこらえている情景を表しているのか。分かりそうで分からないこの塩梅がUNISON SQUARE GARDENの持ち味だ。

 

これらの一見安易で分かりやすいフレーズを大衆受けの良いポップスにのせるのではなく、純粋なロックンロールにのせて歌っているところが、最高にかっこいい。三人の声が重なる「何かが変わりそうな夜だ」に、何度前を向く力をもらったことだろう。卑近なフレーズをどこか焦燥感のあるロックサウンドに合わせることで、歌詞の意味がより心に響くように感じるのだ。

 

 

CIDER ROADとの関係性における何かが変わりそう

 最後にCIDER ROADと何かが変わりそうについて読み解いてく。先述したとおり、『CIDER ROAD』がJPOP界隈をひっくり返すことができなかったことは田淵に少なからず影響を与えた。この事実を踏まえた上で歌詞全体を見ていこう。

 この曲の登場人物は、主人公(流れる星にそっと呟いている人)と「君」の二人。君は主人公に何かを話しているようだがうまく伝わっていない。そんな君をよそに、主人公は憧れに近づくため必死にもがいている。ギリギリの状態で涙がこぼれそうになった夜もあったが、誰かの声で少し心が軽くなり、再び走り始める。この曲にストーリーを見出すとしたら、このようなものだろうか。

 この二人の関係性はUNISON SQUARE GARDENUNISON SQUARE GARDENを支える人々に置き換えることができそうだ。主人公=UNISON SQUARE GARDEN(田淵)で、君=支える人々。 『CIDER ROAD』でJPOPに一石を投じられることをどこか期待していた田淵。それはあくまでも変えられるという予感であって、事実では無かった。そして先日の武道館MCから、ロックバンドを続けることは相当大変であることが語られている。ロックバンドを続けるための苦悩が 「その一瞬を奏でるのにどれだけの犠牲が居るんだ」「涙がこぼれそうな夜だ ギリギリつながっている夜だ」というフレーズに表れているのではないだろうか。だが、その苦悩は誰かの「一人だけど独りじゃない」という声で少し解消される。その声の主に主人公は気づいていないようだが、誰かとは君のことだろう。どこかのタイミングで、「君」がずっと伝えてきた言葉が伝わったのだ。

 

 もちろん、これは私の勝手な妄想にすぎない。 『CIDER ROAD』と何かが変わりそうは何の関係もないかもしれない。何かが変わりそうは必死に努力する人間の苦悩を描いただけの曲かもしれない。しかし、私は『CIDER ROAD』との関係性をこの曲に見出してしまったのだった。

 

 先日の武道館MCが頭から離れず解釈に影響を及ぼしている。ご了承いただきたい。できるだけフラットな目線で読み解いていきたかったのだが、あのMCを聞いてからUNISON SQUARE GARDENの全ての曲に対する解釈がかなり変わってしまった。それが良いことなのか悪いことなのかはまだ判断がつかない。けれど、ただ一つ言えることは、歌詞に意味はあった。

 

 

終わりに

Catcher In The Spy10周年祝い記事のはずが、半分ぐらい『CIDER ROAD』の話になってしまった。書きたい内容を書くためには必要な部分だったので、仕方ない。私は 『CIDER ROAD』も『Catcher In The Spy』もどちらも大好きです。というか、全部のアルバムが好きです。UNISON SQUARE GARDEN最高〜!!(テンション調整)

 

曲のジャンルに捉われず、作りたいものを作っているUNISON SQUARE GARDEN。このスタンスを作り上げるためにいったいどれだけの努力をしてきたのだろう。ただのファンである私は想像することしかできないけど、そんな彼らの背中をこれからも勝手に追いかけたい。

Catcher In The Spy10周年、UNISON SQUARE GARDEN20周年おめでとうございます。

 

引用元

*1

BLOG | UNISON SQUARE GARDEN - official web site

*2

BLOG | UNISON SQUARE GARDEN - official web site